北斗星(10月12日付)

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 どんなときに幸せを感じるかは人それぞれだ。一仕事を終えて一杯やっているときという人がいれば、仲間とスポーツや文化活動にいそしんでいるときという人もいるだろう

▼エッセイストの森下典子さんは、大学生のころ家族で過ごした休日のひとときを挙げた。両親と中学生の弟と4人でそろって外出し、自宅に戻った際の情景を、そのときの匂いや音とともにありありと覚えているという

▼父親が風呂に入ると、湯船からザバーッと勢いよくお湯があふれる音がした。台所からは母親が野菜を刻み、卵を溶く音。テーブルにはちらしずしやすまし汁が並び、酢飯の甘酸っぱい匂いがした。窓を開けると気持ちのいい風が入ってきた―

▼以上、森下さんが「こいしいたべもの」(文春文庫)につづっている。何か特別いいことがあったというわけではない。どの家庭にもありそうな日常の一こま。その分、幸福感がじんわり伝わってくる

▼衆院選では各候補者が公約を熱く訴えている。森下さんのエッセーを読み返しながら思うのは、平和な暮らしこそ何物にも代え難いということだ。多くの人はきのうよりきょう、きょうよりあしたがいい日になればというささやかな願いを胸に毎日を過ごしている

▼だが、地方で景気回復の実感は乏しく、先行き不安で消費を控えたりしているのが実態ではないか。各候補者から聞きたいのは、閉塞(へいそく)感漂う日本や秋田を明るく照らし、ささやかな暮らしを守るための処方箋である。